不労所得の欲しい水曜日だった。
今朝は打ち合わせで、日本にある別の部署の話を聞く機会があった。同じ会社でこんな真っ当なコトをさせてもらっているところが存在することに驚きを隠せないなぁという感じで、素直に感心した*1。
夕方は付き合いのある日本側の人に電話会議のアポをブチこまれたので、電話会議などをした。電話会議が始まるまでの時間、少し時間があったのでソシャゲ*2で、コロコロしてプラプラする感じの何かを転がしてみたが、あまり芳しい感じでなかったので、+2500となったあたりでやめた。結果的に悪い判断ではなかった。今日の僕のベストオフ意思決定と言えるだろう。残念なことに今日のベストオブ自己肯定感もこのちっぽけな成果だった。
電話会議はまぁ僕には何のメリットも無いアレだった。間に挟まれるというのはこういうことなのだろう。是非ともこういう仕事は将来的にしたくないものだ。『こっちが時間かけてもどうせそっちは対応してくれない』だの『こっちは忙しいんだ』だの何だの、なかなか言ってくれるじゃないですか。大丈夫、僕にも忙しいのがひしひしと伝わってきています。わかってますよ、貢献者の一覧に僕の名前入れ忘れる位あなたが忙しいことくらい。
何とかこっちがやってもらいたい部分に関して同意してもらって電話会議も終了。こういう多様性*3ある人々を動かすにはコミュ力や地道な努力などではなくて、仕組みで動かして然るべきという気持ちがある。人を間に介すから拗れるし、時間がかかる。
『そんなことは無い。話し合いが一番だ』など反論するコミュ力おじさんなどもいるかもしれないが、彼らは大体自分が正しいと思っており、自分で動かせないものは例外的であり、それ自体が悪みたいな思考停止ポジティブ脳なので話にならない。長時間の愛のある議論で相手が時間の無駄だと折れたとき、満足げに『最高の議論だった、これでわかりあえた』などと言った日には最悪だ。
更にこういったコミュ力やそれを削りながら行う地道な努力などという古典的手法は、実行することが当たり前であり必要不可欠、つまりコスト0と計算するのが一般的なようで本当に厳しい*4。僕がいくら心労を貯めたところでナンノブマイビジネス(夜に影を探すようなもの)、改善案?何もコストがかかってないのに一体何を改善するって言うんだい?